私の脳梗塞♪

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         私の脳梗塞の概要

竹川病院 リハビリ計画表より抜粋

 

診断 1.アテローム血栓性脳梗塞

   2.高血圧

障害 1.右不全片麻痺

合併症・既往歴

    平成23年7月10日18時頃右片麻痺と構音障害出現、救急車要請し朝霞台中央病院へ搬送         された。来院時意識は清明で右片麻痺MMT3/5、右顔面神経麻痺、構音障害が見られ、

    MRI上右放線冠に新鮮脳梗塞が認められ入院となった。

現病歴 

点滴による急性期の治療が実施されその後プレタール内服が開始された。リハビリも開始され右上下肢ともにMMT4/5レベルまで改善を見せ平行棒内歩行訓練実施されているところだリハビリ継続のため当病院紹介され、平成23年8月8日リハビリ継続目的で当院転院となった。

問題

1.右上下肢随意性低下 2.動作時筋緊張亢進 3.歩行持久性低下 4.職場復帰困難

コメント

動作時に筋緊張亢進しやすく、長距離歩行などの努力性の動作では上肢屈曲傾向、右足尖の引きずり見られる。

歩行時、右上肢の振りはなく、右足尖部ひっかかりあり。

自分の後遺症のまとめ

 

運動障害
片麻痺

感覚障害
  直腸付近 上下肢の一部 その他自覚できない箇所もいくつかありそう 視神経・口内・体内随意筋

視力障害
一過性黒内障ではないが(このTIAは発生しなかったが) 、脳梗塞が原因ではないだろうが視力が著しく落ち、一時パニックも

視野障害はないと思う。

小脳症状 動揺歩行 ?トレンデレンブルグ徴候?大腿(股関節)の外旋

非支持側の足が長くなったのと同じ→動揺歩行(身体を側方にまげて足を持ち上げる) or ニワトリ歩行(足を前方に持ち上げる) 若干徴候あり 原因 上殿神経の損傷による中殿筋の麻痺か?

脳神経症状  構音障害あり

 複視 →視力が著しく落ちたとき、両目で見たときに物が二重に見え、片方の目で見たときにはひとつに見えることが起きるようになった。眼鏡屋で視力検査をし眼科にも行ったが「視力が著しく落ちて、まだ脳がそれを認識するのに追いついていない。しばらくすれば落ち着く。」と言われた。実際、物が二重に見えることはほとんどなくなっている。しかし眼球運動を支配する筋肉の神経の若干の麻痺がある、あるいはあったのではないかと今でも思っている。 

回転性めまいはない 

失語はない

このサイトを見てもわかるとおり、私の「ことば」に関する感覚は鋭敏であると自分でも思っている。

失語症は自分の得意分野に関わる障害だけに発生しなくて心的に助かったと思う。


足の爪の変色

 

汚い写真で申し訳ない。㊧2012年10月の写真。少し足先が痛いかなと思ったら変色していた。変色部位は押すと痛かったりほとんど痛くなかったり。変色後2・3週間から2か月くらいで爪根元から剥離。跡は薄皮を生じており痛み等無し。右足は全指最低1度、左は中指のみ。

2013年9月頃まで2・3度、同じような変色剥離があったが全指爪生えそろい一旦回復。

㊨2014年10月右足第2指左足第3指の爪変色。

歩くとき前方に重心がかかり足尖部が靴の中で圧迫されやすい(痛みを感じることもある)のが原因か?右足だけではないので、右足の足尖部引きずりやつまずきは原因とは考えにくい。 

下肢

足の関節 リスフラン関節とショパール関節の痛み 入院中も退院後の寒い季節にもケトプロフェンテープ使用。現在もたまに痛むがさほど激しくはない。 

 その他右足膝関節・股関節の痛み。これらは急に痛みを感じた。ひょっとしたら感覚麻痺が回復し機能麻痺部の痛みを感じたのか? それなら機能の回復もあるか?1から2週間で痛み引く。機能回復は少しはあった? 

膝が歩行中伸展したままになるため、床に引きずらないよう麻痺側の骨盤を引き上げて歩行するぶん回しが続いた時期もあった。膝関節は現在も必要なだけの屈曲・伸展をしているとは思えない。ベッド上や椅子にかけてのテストでは動いても、歩くスピードでの屈曲・伸展にはほど遠い。


上肢

右肩の痛み・不全。いわゆる四十肩に近い症状。ケトプロフェンテープ使用、振り子運動、描円運動などで現在は痛み無し。運動可能域はほぼ左肩と同じまで回復した。

 

右手は腕部の運動可能域は左手に95パーセント程度まで匹敵。壁に手をつき指を開いたまま手首を90度曲げること、左では可能だが右は親指が屈曲しやすく不能。指の運動可能域も腕と同じ程度まで左に近づいた。運動可能域は改善されても動作スピードやコントロールなどは麻痺状態は続いており、手首回転運動や、利き腕である右手で、普通の箸を使った食事は出来ない。食事時は介護箸「箸ぞうくん」使用。パソコン、キーボード入力の右手部分はリハビリも兼ねて目で見ながら入力、マウス操作は右では目標位置に定まらないためストレス大きく現在左で操作。特に薬指と小指はまだ屈曲もおぼつかず、指が伸びたままでのキータッチになっている。

右第2指から4指を曲げた(握った)状態で1指5指を開く動作を取りにくい。握り拳から親指のみを立てることもまだ不能、他の指も若干開き1指2指の角度90度でありたいが0度に近い。

箸で食事出来ないと外食時フォークを頼んだりなるべく洋食店にするなど、やや面倒。

図は痙縮の説明ページから拝借したもの。手指が握ったままとなり開こうとしても開きにくい、肘が曲がる、足先が足の裏側のほうに曲がってしまうなどの症状の説明図。痙縮による姿勢異常が長く続くと、筋肉が固まって関節の運動が制限される拘縮(こうしゅく)となる。

 私の場合は、動作時にのみ筋緊張亢進しやすく、努力性の動作では上肢屈曲傾向、右手第1指・足指も屈曲傾向にある。つまり図の3現象が現れるのである。

左図のように壁押しの体制、壁に手をつき腕と壁とが90度になるよう手首を曲げる。手指をひらいたまま行っても右図のように親指が屈曲する。

 親指以外の4指を曲げようとすると必ず親指も追随。洗面時、顔を擦ろうと4指に力が入ると親指屈曲。親指の先で顔をひっかく形となるため、顔に水をかけるまでは両手、擦るときは左手のみ。


 

一人暮らしなので、料理も自分でしなければならない。もちろん外食や出来合いのものを買うこともできるが、箸を使えない・もともと薄味なので商品の味が濃すぎる、などの理由で自分で調理したい。ところが利き腕がマヒしている。包丁もあまり使えない。

 

 発病以来、卵かけごはんや納豆をまともに食べたことがない。右手で混ぜられないので左手を使うが、納豆もご飯も、一粒ずつに分かれず、いくつかの塊にしかならない。とろろもしかり。

 

 肛門括約筋というかその付近の直腸の皮膚?感覚

内肛門括約筋は不随意筋だから感覚は無いのかな?しかし、脳梗塞発症前は、いきなり外部開口部の肛門括約筋付近(つまり肛門外側の皮膚感覚)で排泄物を感じる前に、内肛門括約筋あるいはその付近の直腸で感じていたのだが、その感覚が脳梗塞発症以後なくなった。救急車搬送入院後1度目か2度目の排便時に違和感。排泄感がない。外部開口部の開閉はわかるのだが、便の量や状態などまったく感じられなかった。この状態は現在も続いている。便の通過する感覚が無い。直腸まで到達したのがわからない。従って直腸で感じる便意は無く、肛門括約筋外側で便を感じるのは排便直前、5分の待機も不能に近い。現在毎日一定の時間で行っているので特に不便や粗相はないのだが、将来への不安材料。

 歯

後遺症とは直接の関係はないが歯の損傷。入院中も退院後もだが、痛みの生じない義歯に出会えず、義歯不安定と構音障害が相俟って会話しづらいことこの上なし。また義歯不安定は構音障害のリハビリに大きく悪影響。下の歯は総入れ歯になってから3年連続毎年新しく作り直している。現在の歯は今年3月作成したもの、5~6回調整して比較的良好だが痛みの皆無な日はほとんど無い。

2016年10月、上歯4月作成半年で5回割れる。下の歯は比較的好調、痛み皆無な日も多い。


身体ではないが靴の損耗が激しい。麻痺足右足の足尖部引きずりやつまずきが原因。右足用の靴底の足尖部、すぐにすり減り、軽量スニーカーなどは最短6日で穴が開いた。現在、靴底のやや硬めのものを使用。

歩行形態その1

麻痺していないので安定して歩けるはずの左足だが、退院後2年くらいは健常時の動きを覚えていたのだが、3年目になり怪しくなってきた。具体的には、左膝の安定感がなくなり右足を早く着地させようとする。右足は麻痺足なので安定感はなく左足を早く着地させようとする。

 

正しい歩行のまねごとが思うようにできず、気持ちではゆっくり進もうと思っても、速いが安定感のないもつれるような足取りで進む体を制御できない。

 そして次項の転倒記録と相成る次第。


←下記転倒記録②

 

ただし受傷直後ではない

 

右手甲側中指にも

傷あり

↑ 下記転倒記録⑧額にも傷あり。


←下記転倒記録⑪

 

受傷30分後

 

左膝にも擦過傷

 

このあと、朝光苑デイサービスのナースさんに

 

手当てしてもらう


(撮影もナースさん)

 

転倒記録

 脳梗塞後、転倒した記録

●2011年11月退院後しばらくの間は歩くのが精一杯。転ぶ余裕wがなかった。

 

◎庭の草取りのとき、あるいは雪を払おうとしてなど、庭仕事で中腰というか膝を完全にたたんだ状態になろうとすると後ろにひっくり返る。これは頻度は異なれど退院後ずっと続く。

麻痺している右足が変な具合に突っ張ろうとする筋緊張亢進と、右足の指関節が曲がった状態になりやすく足裏の着地面積が狭くなることが原因か?

 

①2012年1月くらい
 風の丘公園階段昇るとき
 右足が躓き、手すりをつかんだが身体が回転し仰向くように転倒
 身体被服損傷無し

 初転び、ああやっぱり転ぶんだという感じ ふわり ごろん

 1万歩以上の歩行後のため、疲れもあったか

 

②2012年9月
 ロジャースへ買い物に行き帰宅途中、朝霞警察裏の旧川越街道の上り坂で
 体の重心が前側にかかり、足が勝手に動く感じで、上り坂なのに小走りに近い状態になり、だが麻痺している足では走れるはずもなく右足がついてこれず、当然転倒

  顔面、左側額、鼻の下、唇からあごにかけて、右手甲側2指3指けが
 それに見合う打撲
 ズボン左膝部分擦る

 初怪我。写真あり。ややショック。

 

 なお、この異常にバランスの悪い歩行形態は2014/11/12まで程度の差はあれ続いている。股関節・膝関節・足関節の麻痺に対する認識が不足している?! 2017/04/21継続中。

 

③2013年1月2日
 61912歩の日
 溝沼氷川神社
 拝殿の階段を上ろうとして、右足がついてこれない感じでバランスを崩し、体が回転する感じで仰向けになりながら転倒
 階段2.3段から落ちてその階段で腰打撲

 

④2013年1月
 この年の初大雪の日
 自宅から駅へ向かうとき、●●工務店手前の下り坂路上
 雪で滑り両足をそろえるように天に向け仰向きに転倒
 尾てい骨かなりひどく打撲
 骨折はしなかったがしばらく痛む
 他に外傷・損傷なし

 

この年、春先から夏、足や腰が痛く、靴下をはけないこともあり栗原整形外科でブロック注射受ける。

 

⑤2013年9月か10月
 夏場は行かなかった赤塚方面に久しぶりに行った日
 自宅マンション駐輪場から棟へ入る階段
 左足で一段上ったが右足がついてこず、もつれるように顔から転倒
 眉間、鼻柱、鼻下、あご、擦過傷(外廊下床面にて)

 

⑥2013年11月22日
 石神井公園まで初歩きの日
 出発後1回目のトイレ休憩場所をさがすとき
 笹目通り練馬高野台氷川神社付近歩道
 躓いたときもう一方の足も躓いたのかそろうように転倒
 まず膝を打ち次にあごから着地、両手の甲側指数本打撲特に左手中指薬指第2関節
 両膝の痛みは数日で緩和
 指関節は数週間違和感
 顔の傷はあごは6日それ以外は4日でかさぶたがとれた
ズボン擦過痕

 

⑦2013年11月30日
 前回転倒から8日目
 歩くバランスに違和感
 靴中敷がかかとから飛び出るのを修正した後
 白子熊野神社参道下り坂
 躓いたときもう一方の足も躓きそろうように転倒
 両膝両手打撲、顔面軽く地面接触も無傷
 ズボン左向こうずね部分破損
 左膝の違和感10日
 右手のひら下傷跡

※その後も歩くバランス悪く、体の前傾を修正・重心を後ろに移動・ゆっくりを心がけるなどして調整。微良。12月中旬、靴を新調したら指先圧迫黒変。3日で廃棄。元のメーカーの靴に戻す。ただフラップ違和感。インソールずれまくり。低反発性に交換。大晦日にフラップ固定。右足小指側圧迫感続きインソール廃棄。一旦快方に向かうも3が日過ぎくらいから右足の中足骨足根骨ショパール関節が痛み始める。腱鞘炎的痛み。立つだけでも痛くなる。ケトプロフェンテープで治療試みる。
 
 約3週間で痛みはほぼなくなる。


⑧2014年2月23日
 歩くバランスの違和感は多少緩和したかと思っていた。
 ただ靴中敷きがずれるので(つまり靴内での足の重心はおかしいままということ)中敷きをずれにくいプラスチックのやや硬質なものにしてみた。その試し歩き中。ただ中敷きのせいではないと思う。
 城山通りの東上線跨線橋(朝霞橋)
 右足が何かにつまずいたのだと思う。
 右手中指小指擦過傷。
 顔面やや強く擦過。左額、左ほほ骨部分、鼻、左鼻下、唇などに擦過傷。右膝やや打撲感。ズボン左向こうずね部分少し破損、右やや擦過。
 手指は軽いが顔は1昨年9月の②に次ぐ傷だと思う。
 鼻下は特に前歯義歯固定金具部分を強打したようで、金具を固定していた門歯(上顎中切歯)1本が衝撃で抜け(金具とともに)、その横の歯もぐらついている。 これで上の歯も総入れ歯になる日が近づいた。
 帰宅後顔面撮影。今回は顔から着地の感が強い。
 顔の擦過傷は軽く、最後のかさぶたがとれたのは6日後の3月1日。最初気にもしていなかった右手指の傷の方が多少長引いた。

 

転倒記録の②⑤⑥⑦⑧が顔面着地。地面がどんどん近づいてくるのに、右手は萎縮緊張し左手もかばい手の体制にならない。健常時はかばい手にせよ受け身にせよ、腕を伸張し怪我を防ごうとしたものだが、病後は右緊縮左収縮気味で手で防ぐことができない。首をそらそうともしたが、麻痺している右側はその力も弱いのか、右顔面から着地。

①③は手すりや階段でワンクッション後の転倒。

④は雪スリップ、やはり手は右緊縮左収縮し出なかったので尾てい骨から着地。冬場の厚着で骨折せず助かった。後ろ側へのかばい手も出来ない。

 
⑨2014年4月02日
 野火止氷川神社拝殿石段
 参拝しようとしたところ右足つま先が石段に引っかかる。
 バランスはこの数日間では一番悪く気になっていた。
 幸い賽銭箱が左手のワンクッションとなり転倒スピードが落ちたので、まず左手それから右手右足が軽く着地。身体衣服異状なし。

 

 ⑩2014年12月28日

朝霞中央公園東外側歩道

 久しぶりに加速歩行が緩和された気の緩みではないと思いたい。

 右足が何かにつまずいたのだと思う。あご右側数カ所擦過傷。 右手甲一部擦過傷。左掌小さく擦過。

 

⑪2015年02月02日

川越街道新座・朝霞市境 ロヂャーズからの帰り下り坂

 顔面、鼻・唇とその周り。両手甲。左膝。に擦過傷。ズボン膝破損。上側義歯折損。

 用心していたつもりなのに…。やはりまったくかばい手できず。

 

⑫2015年11月19日

第八小前信号からコトーへの上り歩道、左手にキャベツとミカンを背負うように持ち帰宅中。

左手臂、右手甲、両膝。ズボン膝破損。ぼちぼちバランスが崩れてきたなと思い用心していたつもりだが。

これとは別に2日前の11月17日、加速歩行で電柱に左手をついた際、支えきれず顔面打撲擦過傷。加速にまかせては電柱で止まれないことがわかった。なんせ右手が使えない。

 

⑬2016年03月26日

黒目川ウォーキング中4回。ほぼ怪我無し。ⅰ加速歩行になってきたので踏みとどまろうとしたが踏みとどまれず草むらに転倒、無傷。ⅱ2度目も同じように踏みとどまれず転倒。受け身のように体を回転させ(たまたま回転し)無傷。ⅲ黒目橋の石段に躓き転倒。右手甲擦過傷。ⅳひざおり水車広場手前の樹にぶつかる。加速歩行で左手で支えようとしたが少し届かず、顔面軽打。赤くもならなかったが、帽子のつばがあたり帽子が吹っ飛んだ。短い時間に4度も転んだことはなかった。足の踏ん張りがきかなくなってきたのか?ややショック。

 

⑭2016年03月27日

ロヂャーズの帰り。新座大橋手前の歩道。軽く躓き、いつもなら転倒に至らないのだが、二三度蹈鞴を踏むように踏ん張りきれず転倒。右手甲擦過傷。両膝打撲。腰も少しひねったようだ。

2日連続して踏ん張れずに転倒。やはり弱ってきたのか。まだ60歳になったばかりなのに。

 

 ⑮2016年06月28日

自宅前駐車場からタマリュウの植え込みに入る所。ブロックに躓く。右手甲擦過傷。両膝打撲。顎に泥がついたが傷はなし。住民男性が助けおこしてくれたのに、礼をきちんとしていない。

 

⑯2016年10月06日

王子、名主の滝公園、園路の小石で躓く。ズボン1本、膝部分が大きく破ける。左膝擦過傷。

ズボンの破れを隠すため公園内福祉センターでホッチキスを借りる。ヒラヒラしている部分を止め電車内は鞄で隠して帰宅。お気に入りの夏ズボンだったが、麻混の生地の薄さが禍して廃棄処分。

 

⑰2016年11月26日

日比谷公園三笠山階段。さほどの段差ではないのに右足が上がらず、こらえきれずに転倒。胸までは着地したが、顔は地面についていない。擦過傷なし。FIRAのズボンが泥だらけとなり、濡れタオルでとりあえず拭く。

 

⑱2016年12月04日

笹目通り吹上観音下交差点、新倉側から吹上へ渡る歩道橋の手前、でこぼこのアスファルトに躓く。右側にガードレールがあり、祖につかまって全身での転倒は免れたが、膝までは着地、裏フリースのズボン1着破損廃棄、右膝擦過傷。たまたま右膝にケトプロフェンテープを貼っていたため、怪我の程度が軽微となった。

 

 

あれれーっ?!

このページの記述を、前項転倒記録で終え、次ページの「私のリハビリ」を書いていた。

が、どうしても気になることがあり次ページは改めて書き直すことにする。

 

次ページで改めて歩行姿勢を書いている内に、パーキンソン病を示唆されたことを思い出し、ちょっとネットで見てみると該当することがけっこうある。そこで、あれれーっ?!と思ったわけだ。

その前に、後遺症として残ってはいないが、脳梗塞発症後現れた上記記載以外の症状をいくつか。

内向的思考

大病をするとどうしても死というものを考えてしまう。ところが私はもともと禅が好きで、なんというか死にたくはないが死んでもいいか、あるいは半身不随で永らえるよりは死んだ方がいいのだけど苦痛なく死ねる手軽な方法がないのでとりあえずながれにまかせるかと、ある意味脳天気に思ってしまうのだ。発症後のノートやメモには、死についていろいろ書いてもいるが、基本的にはこんな考えなので、自ら好んで死へと飛び込みもしないが、それを避けるための無駄な努力もしたくない。苦痛さえなければいつでもOK。生きいいる間は何かしら楽しいことをやっていよう。そういう感じである。表題は内向的思考だが、同じテーマを扱ってもそれほど重くならないのは、執着が薄いからだろう。


パニック発作

発症後、何度かパニック発作寸前の状態になった。

 

1度目は発症まもなく、MRIの検査台に拘束されたときである。「脳梗塞の私を拘束するなんて校則違反だ」と叫びはしなかったが、強いストレス・動悸・空間認知による強烈な不安感に襲われ、かなりの発汗をしながら念仏など唱えて少しでも落ち着こうとした。健常時なら検査台に拘束されても、特段の感情の変化はないだろう。しかし発症直後で唯一随意性のある左腕を拘束、この時点で時間の経過が異常に遅くなったように感じ、拡がったり狭くなったりする異様な空間が脈打ち回転しながらすぼまるのを感じ、拘束されているのに逆にその空間に検査台ごとなんの支えもなく浮いているのを感じていた。

そしてこの動悸や息切れはこのまま死ぬことを意味するのではと思ったりもしていた。

 

2度目は転院後、エレベーターに乗ったとき。最初の病院でもエレベーターはよく利用したし、夜中など1人で車椅子にのりエレベーターで1階まで何度も往復した。ところが、別になんも違いもない普通通りの状況でエレベーターに乗ったにもかかわらず、もう二度と扉が開かないのでは、このまま落下するのではなどといった普段なら思いもしないような杞憂が、真の恐怖として浮かんできた。動悸・発汗・めまいのような空間認知。

 

3度目は退院後、電車に乗ったとき。パニック発作が起きるのではないかといった恐怖感が募り、次の駅で車外に出て落ち着くまでやすんでいた。

 

いずれも健常時なら考えられない現象で、おそらく脳梗塞による身体能力の低下に脳が過敏に反応した為だと思う。3度とも、何か起こったらその時点での自分の意思では、生命の危険は避けられない状態だったから。同時に冷静に考えれば何か起こることなどほとんど考えられない状況でもあったが。

 

エレベーターーも電車も、その後の利用でそのような状態になったことはない。その状態が頭をよぎることもほとんどない。

 

なお、健常時は高いところが大好きな私だったが、まともに歩くこともままならぬ現在、吊り橋に足裏の半分だけ乗っけて歩くことや、公園の丸木橋ですら恐くなってしまっている。だが高いところから下をのぞくのは好きなので高所恐怖はない。

 


ちょっとこれらとは違うが、退院後の真冬の夕刻、ゴミ出しの帰り寒さを感じ、健常時ならぶるっと1回身震いする場面、麻痺側はもちろん正常側の関節まで、足首・膝・股・肩、すべてがこわばり一瞬固まったかのようにとまり、続いて震えだした。何とか部屋に入る頃にはおさまった。これに近いことがもう1度あったと思うが、記憶しておく必要もないと判断したのか状況など忘れてしまった。


要するに閉所・高所の恐怖症もパニック発作も、対処法を能が記憶していれば治まるものだ。閉所・高所の恐怖に関しては、健常時の私は少々のことには対処できる命に関わることはないと思っていたから、まったく恐怖はなかったし、現在も多少のバランスの悪さは能が承知しているので、こわくはあっても足がすくんだり震えたりはしない。パニック発作は、繰り返すことによりまたパニックになるのではないかという恐怖が、発作を起こすものであり、小さい原因から少しずつ除いていき、脳が命に関わることではないと承知すればおさまるものだと思う。

転倒記録②のときに、顔面擦過傷消毒をやってもらうついでに、異常にバランスの悪い歩行形態についてある病院の脳神経外科医に相談したら、パーキンソン病かもしれない、神経内科のある病院を探して受診してみれば、と言われた。2012年9月。

 近所に神経内科がなく、またバランスの悪い歩行形態も一時的なものだろうと思ったが、ウィキペデアで

パーキンソン病を調べると、安静時振戦(ふるえ )筋強剛(筋固縮)無動、寡動を3主徴として上げていた。

痙縮気味の筋緊張亢進が脳梗塞の後遺症で残っているが、固縮までは至っていないし他の2主徴もないのでパーキンソン病は関係ないな、と思い医師のアドバイスを無視してしまった。

 今回このサイトに自分の脳梗塞と後遺症のあらましを書こうとして、このことを思い出し、もう一度ネットでパーキンソン病を調べてみた。ウィキではないサイトに次の記事があった。

 パーキンソン病

 

パーキンソン病とは、錐体外路系の代表的な疾患で姿勢異常と不随意運動を呈する疾患。
 原因は分かっていない。ただ、中脳の黒質という部分が変性萎縮したために ドパミンの生成障害が起こっていることは分かっている。症状は、①振せん、②筋固縮(強豪)、③無動・寡動が3主徴。

① 静止時振せん
 パーキンソン病では、動きがない時の振せんが有名。具体的には、丸薬を丸めるような運動を行う。
これは一側上肢に多い。精神的緊張により増強される。

② 筋固縮
 筋肉が硬くなるために、鉛管現象、歯車現象、前傾・前屈姿勢、仮面様顔貌が見られる。

 鉛管現象とは、例えば上肢の伸展・屈曲運動などを検者が行うとき、運動の始めから終わりまで、ほぼ一様に被験者が示す抵抗感。昔の水道管に使われていた鉛の管を曲げるように、ずーっと「グニャー」とした抵抗感がある。
 歯車現象とは、四肢関節の屈伸時に、歯車のように断続的にリズミカルな抵抗を感じる現象をいう。
 仮面様顔貌とは、表情のかたい顔。

③ 運動減少
すくみ足、小刻み歩行(小歩行)、加速歩行、構音障害、動作緩慢などが見られる。
すくみ足とは、歩行開始の第1歩がなかなか踏み出せない状態。
 小刻み歩行とは、前屈姿勢で歩幅の狭い歩行。よくお年寄りに見られるチョコチョコとした歩行のこと。
 加速歩行とは、歩行中に体が前方に傾き、足は次第に早くなりかけ足のようになる現象。

④ 姿勢反射障害
 突進現象(突進歩行)が見られる。
 突進現象とは、立位の患者の背部を軽く押すと、前方へ突進し、急に停止することができない現象。

⑤ その他
 自律神経症状として唾液過多、手足の浮腫など、精神症状として抑うつ状態など、小字症など。


ちなみにパーキンソン病と同じ症状を呈し、脳炎後や一酸化炭素中毒、脳血管障害を原因とするものを
 パーキンソン症候群(パーキンソニズム)という。

 

錐体路と錐体外路は 両者とも運動に関わるのは、言うまでもない。錐体路は意識下の運動、錐体外路は意識と無関係の運動である。
 「肘を曲げよう」と考える。このとき、上肢の前側にある屈筋の上腕二頭筋、上腕筋、腕橈骨筋が収縮し、 同時に後側の伸筋である上腕三頭筋が伸展する。屈筋の3筋、それぞれの収縮具合を調整するのが錐体外路である。


 錐体路が障害されると、片麻痺が起こる。その際は、痙性麻痺となるが、運動させると、その抵抗感は、運動の終わりの時に強く感じられる。折りたたみナイフ現象あるいはジャックナイフ現象と呼ばれる現象である。
 錐体外路の障害では、上記の鉛管現象や歯車現象などや、振せん(ふるえともいう)などの不随意運動も見られる。

 

あれれれーっ?!あれほど説明しづらかった私の歩行形態が見事に表現されているではないか。「加速歩行とは、歩行中に体が前方に傾き、足は次第に早くなりかけ足のようになる現象」「突進現象とは、立位の患者の背部を軽く押すと、前方へ突進し、急に停止することができない現象」加速歩行はまさに私の歩行形態そのものだし突進現象もよく理解できる。そのうえ「パーキンソン病と同じ症状を呈し、(中略)脳血管障害を原因とするものを パーキンソン症候群(パーキンソニズム)という。」と書いてあるではないか。少なくとも特異例ではないかと思っていたバランスの悪い歩行形態は、パーキンソン病ではなくてもパーキンソン症候群には見事に該当する。

 

  次ページにも書いたが、右足が左足の回転数に近づこうとして足裏全体を着地させることなく、指を屈曲させた不安定なつま先でチョンと接地したときには、もう左足を浮かせるタイミングとなっている。そんな不安定な右足接地状態で、満足に左足を大きく前へ踏み出せるはずもなく、スピードを緩めるための踏ん張りにはならない。そのまま、前のめりに加速・突進する。私の歩行姿勢である。まだ疲れていないその日の歩き始めの数分以外は、速度・安定度はその日の調子で異なるが、おおよそこのように歩いている。


現在、歩くことに脳が少しずつ恐怖を感じ始めているようで、一度診てもらった方がよさそうだ。

 

 パーキンソン病の治療の一つにドーパミン注射があるらしいが、私の場合、黒質線条体のドーパミン神経が減少し筋固縮、振戦、無動などの運動症状が起凝っているわけではないと思うので、何かほかにパーキンソン症候群を緩和する方法があるのか、今度医師に相談しよう。この続きはまたいずれ。

その後

平成26年12月 旧国立埼玉病院で、私の訴えている症状はパーキンソン病そのものではなく脳梗塞による障害なので既に処方され服用を続けている薬を継続服用するようにといわれた。早い話、特に埼玉病院で行う治療はないとのこと。

12/28転倒。2/2転倒。

★★★★★★★★★★★★★★★★
脳梗塞進行または再発生か?
3/2 朝食時、食物の一部が喉に絡まる感じで猛烈に咳き込んだ。昼頃、買い物に外出した先で、ろれつが回らなくなる。もともと後遺症の構音障害はあったのだが一気に酷くなった感じ。同じ言葉を繰り返す。顔面の左部分目・頬にひきつれる感じ。生あくび。唾液の出る部位と量に変化。舌の位置もおかしい。飛び出る感じ。他、頻尿、嚥下不良、上下肢多少の違和感。

ふだんひとりなので会話しないため、脳梗塞後遺症の残る構音障害の度合いについて毎日チェックしていなかった。

3/3アルツ初期を思わせるような物忘れ。誤動作。印鑑、使用予定でポケットに入れそれを忘れる。マウス操作左クリックしたつもりで右クリック。シフトキーを押すべきところで大文字固定キー。

3/5午前 竹川病院にてCTスキャン、新しい病巣は画面上見当たらないとのこと、よって処方も従前通り。血圧がずっと安定してるので再発と言うよりここのところの気温の変化などの影響ではないかとのこと。

たいしたことはない、との見解らしいが、しゃべれない本人には決定的治療法がないのはつらい。徐々にリハビリしかないようだ。

今回のような血圧体温異常なしのミニ発症(しかもCT二は写らない)があるのなら、急に右足が動かなくなる感じ、要するに躓く物理的要因が少ない場所での躓き、上記転倒記録のいくつかもそれではないかと疑いたくなる。

脳梗塞発症後、歩く感じは歩くたびに異なるため、教は調子が良い・悪いですましており、多少悪化しても「いつものこと」で終わるためミニ発症の兆しはつかめない。

まだ見出しをつけていないが2016年7月ノルディックウォークを習い始める。いろいろな意味で非常によい。もっと早くリハビリ初期に始めていれば、回復もかなり望めたのではないか?

 このグラフは次ページと同じものだが、リハビリは発症後6か月目までにどこまで回復できるかが勝負。6か月目以降の回復はあまり望めず、むしろ加齢による衰えや、麻痺・機能障害の部分の運動不足による衰えを以下に防ぐかという維持期になる。すなわち、このグラフはこの先右肩下がりなのだ。

 発症後5年たって始めたノルディックウォークで、1パーセントでも2パーセントでも回復すれば、学会に発表すべきことなんですよ、講師の皆さん。「たまたま、偶然」を飽きるほど繰り返して「必然」になれば、医学会賞ものかもしれない。今日できても明日できるかが本人にもわからないのだから、同じことを何度でもめげずに、ご指導下さい。

 ある部分を動かす脳細胞が死んだから、偶然補ってくれた他の脳細胞により動いているので、脳が覚えないなら体で、とはいかない。健常者は右足と左足を交互に前に出せば歩けるけど、麻痺者は(右片麻痺だとすると)左足を出したら右大腿部を前に出す。股関節が動けばそれを動かす。できれば同時に膝関節を動かし下腿部を前に出す(これが結構難しい)、足首・足先の関節が動けば、つま先を上げかかとから下ろす(これも難しい)。というふうに今日はどこがどれくらい麻痺しているか、毎日出たとこ勝負でうごめいているのだ。だから少しでも躓くものがあると恐い。また平坦なところでも、つま先が上がらねば躓く。いつもつま先を意識していても、ついうっかり例えば前方のものなどに気をとられると、何も無いところでも転ぶのだ。

あちこちの関節が痛い  ⇒  感覚が戻って痙縮気味の部分が痛むのか?  ⇒ よくなろうとして痛むのだと信じたい

リスフラン関節、ショパール関節、足首関節、膝関節、股関節、肩関節、各指関節。いつも、どこかの関節が痛い。2から3か月でだいたい治り、またほかの部分が痛くなる。そのたびに可動域が広がっていると信じていたがそうでもない。

 

(ここに書いていた記事は、「私のリハビリ」末尾「膝」に移動 ⇒「膝」)